儀  仗 5

 壊れ物でも取り出すかのように、重信は懐からそっと絹の包みを取り出した。春先の萌芽を思わせるような、極柔らかい薄萌黄色の絹の包まれたのを見た博雅は、それが如何に大事にされているかが見て取れた。多少知識のある者ならその絹は染められたものではなく、元々蚕から吐き出されたそのものの糸の色だということが分かるからだ。

 手の平を広げ、重信はその絹を開いてみせた。博雅の動きがぴたっと止まり、舞い手が落としたと思われる鈴を凝視した。そして彼は身体の内側から次第にドキドキとし始めるのを感じた。音を聞いてみたい――。その一念に駆られた。

 そんな博雅の感情を感じ取ったであろう重信は、鈴に通していた糸を摘み上げ、すっとそれを彼の前に差し出す。博雅が首をかしげ、重信がこくっと頷く。恐る恐るといった風情で博雅はそれを手にし、軽く前後に揺らしてみた。

 キィン――

 澄んだ音が夏の夜気に混じり入る。その音を聞いただけで涼を得たような気分になる。そんな音だった。

玻璃はり・・・・ではなさそうだな。」

 所々白いもやの様なものが入ってはいるものの、比較的透明に近い鈴は、一見して玻璃(硝子)のように見えた。

「玻璃ならばあのような動きには耐えられまい。恐らくは水晶であろうよ。そして紐を通すところは銀で出来ている。」

 川のせせらぎにも似たような音の波の中に、このような澄んだ音が混じり入り、異国の衣を翻し髪をなびかせて、淡い光りの中を舞っていた。その美しさと衝撃が忘れられず、夜、気がついたらその者の姿を探しているのだよ。これも憑かれたというのだろうか。

 そう重信は言うと、すいっと博雅から鈴を取り上げる。いずれも破邪の性質を持つ素材から出来た鈴が、あやしが持っているとは思えない。そう重信は告げた。それに対し博雅は、神籍または仏籍に名を連ねる者の使いではなかろうか。という指摘をしたのだが、あくまで人としての存在にこだわる重信の中にはそういった考えは存在しなかった。博雅は取り敢えずその存在を人として扱うことにし、彼に質問をした。

「結局重信はどうしたいのだ?」

 元の通り鈴を懐へしまうと、重信は考え込む。その者の存在を探しこそすれ、そこから先のことは何も考えてはいなかったようである。そう、だな・・・・と言ったきり黙ってしまった。

「俺に言われたくなかろうが、そう難しく考えるな。もう一度舞いを見たいのか、それとも話をしてみたいのか。それならば答えられるであろう?」

 多少苦笑を含みつつ、博雅は彼に助け舟を出す。重信は少々目を丸くし、その後目を細めて口角を上げた。そして彼の問いに答えた。

「会って話をしたい。そして理由も聞きたい。」

 理由?と聞き返す博雅に対し、重信はあのような時間と場所で、何故舞いを舞っていたのか。その理由が聞きたい。と返した。そして立ち上がろうとした。が、博雅が杯を差し出しながら止めた。どうやら落ち着いて話したいことがあるようだ。

「待て待て。雅信殿には何と説明する?頼まれたと言うたであろう?」

 あっ。という顔をして、重信は再び腰を落ち着けた。それから杯を受け取って博雅の酌を受ける。博雅に酌をしようとした重信だったが、既に博雅は手酌で自身の杯にいでいたらしく、杯の淵までなみなみと酒が満たされていた。

「月にてられた。と告げておいていただきたい。」

「は?そのようなことを申したら、余計に心配するではないか!」

 半ば腰を上げた博雅の両肩を下げ押して、だからそこでお願いがあるのだと続ける。

「おぬしは賀茂保憲殿とは知り合いであろう?口裏を合わせるように頼んでは頂けまいか?そうさな、出来れば三五の日まで問題はないと。」

 三五の日、つまり中秋の名月までの二十日足らずの日数で、どうにか別のいい理由を考えるなり、舞い手を見つけ出してみせる。可能性は低いかもしれないが。と重信は言った。兄弟であるが故に、下手な嘘は直ぐに見破られると分かった上での判断だった。

「分かった。だが、引き受けてくれるかは分からぬぞ。」

「それを承知で頼んでおる。こちらとて、公務に支障が出ては困るし、兎に角今は少しでも時間が欲しい。博雅。やはり話をして良かったよ。色々と気が付かせてくれて有難う。」

 重信は姿勢を改め、丁寧に頭を下げる。礼を言われるようなことをした覚えがない博雅は、一種の気まずさと戸惑いを覚え、顔を上げた重信に先程の続きをしようと持ちかけた。

 こうして博雅邸には再び二人の笛の音が響くことになった。 

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